MediaTek は 2025 年 10 月に教育市場向け Chromebook の新しいチップとなる「Kompanio 540 (MT8189)」を正式発表しました。
このチップは、従来の Kompanio 520 (MT8186) の後継として位置づけられていますが、実際には上位モデルの Kompanio 838 をベースに設計されており、性能と効率の両面で大きく進化しています。
これにより、教育向けでも軽量・静音・長時間駆動を維持しながら、日常用途にも快適に使える Chromebook が登場する見込みです。
この記事では、Kompanio 540 (MT8189)、Kompanio 520 (MT8186)、Kompanio 838 (MT8188) の違いを整理し、2026 年以降の教育向け Chromebook がどのような変化が期待できるのかを解説します。
Kompanio 540 は「520 の後継」かつ「838 ベース」の設計
Kompanio 540 は、教育市場や普及価格帯の Chromebook 向けに開発された SoC(システム・オン・チップ)で、2022 年に発表された Kompanio 520 の後継と位置づけられています。
しかし、CPU 構成や製造プロセスは 2024 年に発表された Kompanio 838 と共通しており、Cortex-A78+A55 の 8 コア構成で、最新の 6nm プロセスを採用しています。
一方で、メモリやストレージ、I/O 構成は教育向けのコストバランスを意識した設計になっており、価格帯を意識しつつ、上位クラスに近い性能と機能(実際にはミドルレンジクラス)という立ち位置になっています。
主な仕様比較
Kompanio 540 は、Kompanio 520 から大きく改善していますが、Kompanio 838 と比較すると一部でわずかにダウングレードされた部分もあります。
ただし、教育向けデバイスという立ち位置を踏まえれば、実使用上の影響はほとんどなく、性能・効率・省電力のバランスが取れた設計といえます。
| 項目 | Kompanio 520 | Kompanio 540 | Kompanio 838 |
|---|---|---|---|
| 製造プロセス | 12nm | 6nm | 6nm |
| CPU 構成 | 最大 2.0GHz (Cortex-A76) × 2 最大 2.0GHz (Cortex-A55) × 6 | 最大 2.60GHz (Arm Cortex-A78) × 2 最大 2.00GHz (Arm Cortex-A55) × 6 | 最大 2.60GHz (Arm Cortex-A78) × 2 最大 2.00GHz (Arm Cortex-A55) × 6 |
| CPU コア数 | 8 コア | 8 コア | 8 コア |
| GPU | Arm Mali-G52 MC2 2EE | Arm Mali-G57 MC2 | Arm Mali-G57 MC3 |
| メモリ種別 | LPDDR4x | 最大 LPDDR4x-4266 最大 LPDDR5-6400 | LPDDR4x / DDR4 3733 |
| ストレージ | eMMC 5.1(コマンドキュー対応) | UFS 3.1 eMMC 5.1 | eMMC 5.1 |
| 内蔵ディスプレイ | 最大 2,520 x 1,080 (60Hz) | 最大 2,560 × 1,600 (内蔵) 最大 2.5K (内蔵+外部) ×2 | 4K60 まで対応 |
| 外部ディスプレイ | 1920 × 1080 (60Hz) | DP 1.4a で最大 4K60(シリコンとしては対応) Chromebook 540 機種では 4K60 外部表示は非対応 | 4K60 + 4K30(デュアル) |
| 動画エンコード | 1080p60 (H.264 / HEVC) | 1080p / 60fps (H.264 / HEVC) | H.264 / HEVC |
| 動画デコード | 1080p60 (H.264 / HEVC / VP9) | 4K60 (H.264 / HEVC / VP9) | 4K クラス (H.264 / HEVC / VP9 / AV1) |
| USB / I/O | USB 3.0 ×1 USB 2.0 OTG ×1 | PCIe Gen2 x1 SDIO 3.0 USB 2.0(Host ×3 + Dual ×1) USB 3.2 Gen1(Dual ×2 + Host ×2) | PCIe x1 USB 3.0 ×1 USB 2.0 ×2 |
| Wi-Fi | Filogic Wi-Fi 6 | Filogic Wi-Fi 7 | Filogic Wi-Fi 7 |
| AI アクセラレータ | APU 搭載 (公称 TOPS 非公開) | AI アクセラレータ (最大 4 TOPS) | AI アクセラレータ (最大 4 TOPS) |
ベンチマーク比較
現時点で Kompanio 540 を搭載する Chromebook はリリースされていませんが、開発中のデバイスが Geekbench 上で発見されています。
これをもとに、Kompanio 540・520・838 の Geekbench のスコアを比較します。なお、520 と 838 は筆者が実機で測定したデータを用いています。
| シングルコア | マルチコア | |
|---|---|---|
| Kompanio 540 | 1,031 | 2,227 |
| Kompanio 520 | 643 | 1,648 |
| Kompanio 838 | 1,013 | 2,275 |
このスコアからわかるように、Kompanio 520 から大きくスコアを伸ばし、上位の Kompanio 838 とほぼ同等の性能を備えています。
Kompanio 540 の進化ポイント
ここからは、特に Kompanio 520 から 540 にかけてアップデートされた部分に絞って見ていきます。
CPU・GPU の世代更新と具体的な性能向上
Kompanio 540 は、ハイパフォーマンス側に Cortex-A78 コア、効率側に Cortex-A55 コアを採用し、最大 2.6GHz / 2.0GHz で動作します。
MediaTek の公表値によると、Kompanio 520 と比べて次のような向上があるとされています。
- CPU シングルコア性能 : 約 +50%
- CPU マルチコア性能 : 約 +30%
- GPU 性能 : 約 +75%
教育現場でよく使われる Tinkercad や Minecraft: Education Edition のような 3D・インタラクティブ系アプリだけでなく、動画視聴や軽めのゲームでも動作に余裕が生まれる水準です。
LPDDR5 / UFS 3.1 対応で体感速度も大きく変化
メモリは LPDDR4x に加えて LPDDR5(〜6400Mbps)にも対応し、帯域が大きく拡張されています。
ストレージも eMMC 5.1 に加え UFS 3.1 をサポートしているため、メーカーが UFS を採用した場合、次のようなシーンで違いが出やすくなります。
- Chromebook の起動時間
- ユーザー切り替えやアカウント切り替え
- Android アプリの起動・再読み込み
- オフライン保存した教材ファイルの読み書き
教育向けでも「とりあえず動けばよい」から、「日常利用でも快適に使える」構成が可能です。ただし、コストに直結する部分でもあるため、実際のデバイスがどの規格を採用するかにもよります。
4K / 60fps デコードとデュアル 2.5K 出力に対応
Kompanio 540 は 4K / 60fps の動画デコード(H.264 / HEVC / VP9)に対応し、外部ディスプレイ単体で最大 4K / 60Hz 出力、内蔵+外部のデュアル構成では最大 2.5K ×2 までサポートします。
Chromebook 向け実装では一部制限がありますが、たとえば以下のような活用が可能です。
- 本体ディスプレイで授業資料を表示しつつ、外部ディスプレイに動画や実習画面を表示
- 高解像度の教材やスライドを複数ウィンドウで並べて表示
表示性能が向上したことで、オンライン授業や探究型学習などにも対応しやすくなりました。
ファンレスで静音、かつバッテリー駆動時間も向上
Kompanio 540 は高効率な 6nm プロセスと省電力設計により、ファンレス構造でも運用しやすい点が特長です。
MediaTek による YouTube 連続再生テスト(ChromeOS 140 / ASUS CR11、Intel N150 搭載機との比較)では、Kompanio 540 搭載 Chromebook のほうが 最大 35% 長い駆動時間を実現したとしています。
授業 5〜6 コマ+放課後利用を 1 回の充電でカバーできる水準で、教室や図書室など静かな環境でも快適に使用できます。
Filogic Wi-Fi 7 による高速・低遅延な接続
通信面では、MediaTek の最新無線モジュール「Filogic Wi-Fi 7」に対応し、最大 7.3Gbps の高速通信をサポートします。
Wi-Fi 7 ではチャネル幅の拡大やマルチリンク接続により、混雑したネットワークでも通信の安定性が高まり、遅延も軽減されます。多数の Chromebook が同時接続する教室環境でも、映像授業が途切れにくく、クラウド教材の読み込みもスムーズになることが期待されます。
現在開発中の Kompanio 540 搭載 Chromebook
HelenTech で確認している情報によると、Kompanio 540(MT8189)を搭載する Chromebook は、すでに複数の開発ボードが存在しています。
本記事執筆時点では、Chromium Gerrit などの情報から以下のようなコードネームが確認されています。
- Skywalker シリーズ (クラムシェル、コンバーチブル):
- Obiwan
- Luuke
- Yoda
- Anakin
- Quigon
- Baze
- Tarkin
- Phasma
- Grogu
- Starros
- Finley
- Dooku
- Jedi シリーズ (タブレット):
- Padme
いずれも教育市場向けの Chromebook を想定した設計となっており、タブレットから大型のテンキー付き 15.6インチモデル、本体収納式スタイラスペン搭載モデルなどが含まれ、2026 年初頭から各社の量産機として登場する見込みです。
また、1 つのチップでリリース前からこれだけ多くのデバイス開発が進められていることは異例で、Google および各メーカーが MediaTek Kompanio 540 へ期待を寄せていることが示されています。
2026 年以降の教育向け Chromebook はどう変わるか
Kompanio 520 世代の Chromebook は、オンライン授業とブラウジングを中心とした用途に適した、手頃な価格の「教育向けベースライン」として普及してきました。
今回新しく発表された Kompanio 540 では、次のような変化が期待できます。
- 性能水準の底上げ: A78 世代 CPU と LPDDR5 / UFS 3.1 を組み合わせることで、従来のエントリーモデルよりもさらにスムーズな体感性能を、教育向け価格帯でも実現しやすくなります。
- 表示・動画再生環境の強化: 4K60 デコードや 2.5K クラスのディスプレイ対応により、高品質な動画教材や複数ウィンドウでの学習でも余裕が出ます。
- 静音・長時間駆動設計: ファンレスでも安定して動作し、バッテリー持続時間が大幅に改善します。1日の授業でも安心で、教室や図書館など静かな環境にも適しています。
その結果、教育向け Chromebook は「低価格だが性能は必要最低限」というイメージから、「学生向けでも長く快適に使える日常的なデバイス」へと進化しつつあります。
これについては、ベースとなった Kompanio 838 を搭載する「Lenovo Chromebook Duet 11 Gen 9」の実機レビューでも紹介していますが、従来のエントリーモデルとは異なり、一つ上のクラスの快適さを備えています。
まとめ
Kompanio 540 は、Kompanio 838 の設計を教育向けに最適化し、前世代の Kompanio 520 から CPU・GPU・省電力・通信・ストレージのすべてを刷新した新世代チップです。
前世代に比べて処理性能・省電力・静音性が大幅に向上しており、2026 年以降の教育向け Chromebook における新しい基準となる見込みです。
これにより、教育現場だけでなく一般ユーザーやビジネスユーザーにとっても、手頃な価格で快適な Chromebook の選択肢が広がることが期待されます。
MediaTek によれば、新しい Kompanio 540 を搭載する Chromebook は、2026 年 1 月から順次発表・発売される予定です。


